制作集団「いぬのせなか座」のメンバーとして活動するhが、2012年5月(19歳)のときにはじめての小説として書き、その後おおやけにされないままとなっていた作品。
刊行日:2019年11月24日
判型:横190×縦130mm 16ページ
編集・デザイン:山本浩貴+h
透き通ったシロップのような女の人がいたので、足をかけると、うしろのスーツの男の人は私のくつのかかとを踏み、すみませんと雑踏にまぎれていうと、私は駅の階段をあがっています。時間は三ヶ月分の記憶がない私にもわかるくらいの日の長さで六月を告げています。どこかの外国の言葉で電話をしている女の人はいきなり立ち上がり、身振り手振りでなにかに怒っている。いつか見た映画の中の女の子は大人になり、電車の広告の中からこちらを気にしています。目のわるい私はあの子に会うたびに顔をすこしずつ忘れてしまい、一緒に行ったお祭りの屋台に並んだキャラクターのお面が邪魔をします。
「そんな顔じゃない」
あの子は怒りましたが、とてもよく似ている気がするのです。
(本文より)